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初代後藤堅蔵が酒造業を興したのは大正の初めごろと聞いているが当時の様子を記した資料が残されていないので詳細は明らかではない。大正十二年この地で起きた大火で木造部はすべて焼失したが酒蔵だけは遅くなってかけつけた手動のポンプによって類焼をまぬがれた。その蔵が今もって酒造りの本処となって居る。
当地六郷は奥羽山脈の沃野に拡がる扇状地で湧水が豊富である。
昭和六十年「清水の湧水群」で環境庁より「名水百選」の指定を受けた水の奇麗な地であり、町には上水道がなくすべての家でホームポンプで地下水を汲み上げ夏でも冷たい水が飲める全国でも稀な土地でもある。
酒造りを目指す者がこんな土地を見逃すわけはない。 |